2012年12月4日火曜日

物思いの種──「千手前」

清盛には多くの子がいましたが、平家物語に登場する主な息子達をざっくりご紹介しましょう。

長男の重盛は、武勇に長け誠実温厚。しばしば父清盛をいさめ、全体を見通す優れた人物でしたが、平家全盛の時期であるにもかかわらず、父の悪行に一門の運命を予見し熊野権現に祈って自ら命を縮めて死去。

二男の基盛は、夭逝したため平家物語では登場せず。

三男(平家物語では二男)の宗盛は、清盛の死後、家督を継ぎ一門の棟梁となりますが、性格は凡庸・臆病。義仲軍との交戦を避けて早々に都落ちを決定し、その際に法皇を逃したり、壇ノ浦で入水する勇気もなく、虜囚となってからもさかんに命乞いをし、周りからつまはじきされたり平家物語でもその無能さが強調されています。

四男(平家物語では三男)の知盛は、知謀の将として知られ。京都の防衛から壇ノ浦での滅亡に至るまで一門の軍事面での中心的存在として活躍しました。

五男(平家物語では四男)の重衡は、武勇の将として知られ、数々の合戦で勝利を収め、南都(奈良)焼き討ちの大将軍でもありました。一ノ谷で生け捕りにされ、京中を引き回された後、頼朝の申請によって鎌倉へ下向。一年後、南都大衆の引き渡し要求によって奈良へ上り、木津川のほとりで斬首。管弦にも優れユーモアもあり女性にももてました。

(以下略)


さて、本題です。

「千手前」は、この重衡が捕らわれて鎌倉に下った時の話です。

まず、あらすじを見てみましょう。

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朝敵となった三位中将重衡は、鎌倉で兵衛佐頼朝と対面します。南都攻めについて尋ねられた重衡は、焼き討ちは清盛の命令でも重衡の咄嗟の判断でも無かったといい、平家の運命の傾いたことを語り、早く首を刎ねるよう求めます。その毅然とした態度に梶原景時をはじめとする並みいる敵将が感服しました。頼朝は南都から引き渡しの要求があるだろうと、伊豆国の住人、狩野介宗茂に重衡を預けました。狩野介は情け深い者で、重衡は思いがけなく手厚い待遇を受けます。重衡を様々にいたわりお風呂を用意します。「道中の汚れを落としてから処刑するのだろうか」と重衡がいぶかしんでいると、20歳くらいの見目麗しい女性と14、5歳の少女が湯浴みの世話をしに湯殿に入ってきます。「なんでもお望みのことを承って私に申せ」と頼朝から遣わされました、というと重衡は「今更申すことはないが、ただ出家がしたいだけだ」と言います。

その夜、くだんの女性が琵琶や琴を持たせて酒宴の席にやってきて世話係の宗茂とともに重衡に酌をします。興なげな重衡に、千手は「羅綺の重衣たる情無い事を機婦に妬む」という詩を朗詠します(この詩を朗詠すれば、詠ずる人も聞く人も守ろうと誓いの込められた詩。か弱い舞姫にとってはその身にまとう薄衣さえ重いので、なぜこんな重い衣を 織ったのかと、機織女の無情を恨むほどだ、の意。重い罪を背負った重衡に同情しつつ、後の句では管弦が長すぎて終わらないので楽人を怒ると歌われており、千手は早く終わればいいと思っているのではありませんかと暗に重衡を気遣った)。しかしながら重衡は、「この世では自分は見捨てられた。一緒に歌う気にならない。罪が軽くなるような歌なら」と言うと、千手は「十悪と言えども引摂す(十悪を犯した罪人も、仏は導いて下さる)」「極楽願はん人は皆、弥陀の名号唱ふべし」などと心を込めて歌います。すると 重衡は盃を傾けました。続いて、千手が琴で雅楽の「五常楽(ごじょうらく)」という曲を弾くと、重衡の心も少しはほぐれたのか、「今の自分には“後生”楽とも聞こえる。では往生を急ごう」などと洒落て、自ら琵琶をとり「皇麞(おうじょう)の急」を弾きました。
夜も更けて、重衡の心がだんだん澄んでくると「東国にもこんなに優雅な人がいたのか。何でも良い、もう一曲歌って欲しい」と所望します。千手は「一樹の陰に宿りあひ、同じ流れをむすぶも、みな是先世のちぎり(同じ木陰に身を寄せるのも、同じ川の流れを手ですくって飲むのも、 全て前世からの契りである)」という白拍子を歌い、重衡も「灯闇しては、数行虞氏之涙」(楚の項羽が漢の高祖に敗れた際、その中で愛する后と別れる悲しさを歌った詩を朗詠しました。
夜も明けるので、千手前は重衡のもとを辞して帰り、持仏堂で法華経を読んでいる頼朝のところへ行きます。頼朝はほほえみながら「どうだ、よい仲人をしてやったろうが」といい、「平家の武人は戦さのことばかりと思っていたが、あの重衡の琵琶や朗詠など誠に優雅な人であったよ」と言いました。
千手はその夜のことが物思いの種となったのでしょうか。重衡が処刑されると、出家して信濃国善光寺にこもり、重衡の菩提を弔い、自分も極楽往生しました。

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このお話、いってみれば、千手と重衡の一夜の恋のお話なのですが、さまざまな要素が含まれています。

重衡は平家随一の武将として、これまでにも様々な戦に勝ってきました。言い換えれば多くの人を殺してきたわけですが、最大の罪は奈良の僧侶達の反乱を鎮めるために攻めていって、寺院と大仏を焼き払ってしまい、1000人以上の僧侶と一般人が犠牲になったことです。暗闇の戦で明かりを取るために民家に火を付けたところ風が強くて延焼してしまったのです。当時僧侶を殺害することは一番重い罪で無間地獄に落ちるとされていました。

一ノ谷の合戦では、共に自害すると誓い合った乳母子に裏切られ、生け捕りになってしまいます。源氏軍は、重衡の身柄と平家が持って行った三種の神器とを交換しようと八島に陣を構えている宗盛に伝えますが、一門は断腸の思いで拒絶します。重衡は味方からも見捨てられました。

すべての望みを絶たれた重衡は出家を願いますが後白河法皇は許可しません。かねて親交のあった法然との対面が許された重衡は、南都焼き討ちは立場上避けることが出来なかったが、大将として罪を負う、しかし、このような悪人でも助かる方法があれば教えて欲しいと涙ながらに訴えます。地獄の実在を疑わなかったその時代、重衡は己の罪の重さに恐れおののいていたのです。

千手は手越(今の静岡市内)の長者(遊女のかしら)の娘で、美人で心優しい娘なのでこの2、3年頼朝の御所で召し使われていました。彼女はとても控えめで、べらべらと喋るようなタイプではありません。しかし、酒宴では、少しでも重衡の心の苦しみが軽くなるようにと、ふさわしい歌を選び、心を込めて歌うのです。重衡はこれほど自分の心を分かってくれる人がいたのかと驚いたのではないでしょうか。敗軍の将のすでに死後の世界しか求めていない貴公子が、行きずりの一夜に思いがけない心の優しさに巡り会うこの場面は、平家物語の中でももっとも美しいものの一つと言えます。

この、千手と重衡のやりとり、会話はほとんどなくて朗詠のやりとりそのものが会話になっています。なんと優雅なことでしょう。

そんな様子を頼朝は「立ち聞き」していて、翌朝、千手に(お前、惚れたな)という感じで言うところが、私は密かに好きです(笑)。


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これはもう語りではない、古典の言葉が躍動する!分かる!美しく衝撃的な舞台
「平家物語 語りと波紋音」第3回公演
祇園精舎 足摺 千手の前 入道死去
語り:金子あい 波紋音:永田砂知子

構成・演出:金子あい 音楽:永田砂知子 美術:トクマスヒロミ 照明:横原由祐 
音響:黒沢靖博 舞台監督:寅川英司+鴉屋 衣装:細田ひなこ 主催:平家物語実行委員会 


【日時】2012年12月6日(木)昼の部14:00開演/夜の部19:00開演(上演時間75分)
【会場】座・高円寺2 http://za-koenji.jp JR中央線 高円寺駅 北口 徒歩5分

【チケット料金】 前売3,700円/当日4,000円/高校生以下1,000円(全席自由)
  ※当日券は開演1時間前より販売。高校生以下割引は平家物語実行委員会のみで取扱。
  ※未就学児のご入場はご遠慮下さい。※開場は開演の30分前。

【チケット取扱・お問合せ】
 平家物語実行委員会:090-6707-1253 heike@parkcity.ne.jp

 ちけっとぽーと:03-5561-7714(平日10:00〜18:00)http://www.ticketport.co.jp/
 渋谷店(SHIBUYA109 2F)池袋店(池袋パルコ6F)銀座店(銀座ファイブ1F)
 東京店(大丸東京11F)新宿店(伊勢丹会館B1F)吉祥寺店(アトレ吉祥寺B1F)
 横浜店(横浜駅東口ポルタ)大宮店(ソニックシティホール)


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