源氏は、梶原、熊谷の攻撃をもってしても、堅牢な一の谷をなかなか落とすことができませんでした。
平家が城郭を構えた一の谷は、目の前が海で、背後に険しい断崖を背負った天然の要塞。
大手から攻めていても勝ち目がないと、九郎御曹司義経は搦め手に回り、背後の鵯越の断崖絶壁から3000騎の兵で奇襲をかけたという話です。
あらすじを見てみましょう。
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寿永3年 2月
一ノ谷(神戸)に城郭を構えた平家を討とうと、義経は一ノ谷の背後に位置する高台・鵯越(ひよどりごえ)に到着。断崖絶壁の上であり、平氏は山側を全く警戒していなかった。
義経は無人の馬を試しに追い落とし、三頭が無事に駆け下りたことを確認すると、「心して下れば馬を損なうことはない。皆の者、駆け下りよ」と言うなり先陣となって崖を降りていく。だが、苔むした大岩石がまるで垂直に十四、五丈(約45メートル)も切り立っている途中まで降りてきたときは、あまりの険しさに兵たちも「もう最後だ」と観念する。
そこに佐原十郎義連(さわらのじゅうろうよしつら)が進み出て、「三浦(神奈川の三浦半島)では、鳥一羽を追うにもこれしきの坂は駆けている。三浦では、これは馬場だ」と言うなり真っ先に駆け下りたので、三千余騎もみな続き、人馬もろとも怒涛の勢いで一気に急な崖を駆け下りた。人間業とも見えず、鬼神の仕業かと思われた。
義経隊の鬨の声は山々に反響し、まるで十万の大軍のように響いた。平地に降り立つと平家の陣に突入。奇襲に驚いた平家方は大混乱となり、義経軍の村上判官代基国の手の者が火を放つ。平氏の兵たちは海に逃げ出すが、多くが船に乗れずに海で溺れ、味方に切られる者もあり、平家は総崩れとなって四国の八島へ落ちのびる。
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この戦は、「橋合戦」で源平が初めて戦をしてから4年後の事です。
橋合戦と大きく印象が違うのは、戦はいよいよ激しくなり両軍とも疲弊感が漂っていることです。ことに、きらびやかな武将達がうち揃って宇治橋に進軍していった事を思い出すと平家のこの後の運命を嫌でも感じざるを得ません。
冒頭では、兵達の凄惨な戦い振りが淡々と語られています。
…怪我をした兵を肩に担ぎ後ろに逃げていく者あり、傷が浅いので戦い続ける者あり、深手を負って討ち死にする者もあり、馬を押し並べて組んで落ち、差し違えて死ぬ者もあり、取って押さえて首をかくもあり、首をかかれる者もあり…
音のない、まるで絵巻物の部分をアップであちこち見ているような、そんな風に感じられます。
この章段は誰か一人の人物を描くというよりも、語り手(作者)の視点が、どこかクールに、でも、遠くから近くから対象を見て、自在に変化するのが興味深いシーンです。
おなじ戦でも橋合戦とは全く違いますね。
このシーンの最後は、算を乱した平家の軍勢が汀に泊めてある大船に我先にと大勢乗って船が沈み、身分の高い人だけしか乗せないといって取り付く雑人どもが腕を切られ肘打ち落とされて一の谷の汀が真っ赤に染まり死骸が並み伏した、数々の戦で一度も負けたことのない能登守教経でさえ、何を思ったか四国の八島へ落ちていった。
というものです。とても短い言葉の中にものすごい物語が語られているのです。耳をそばだててお聞きになって下さい。
皆さんの頭の中に合戦の絵巻物が浮かぶといいなあと思っています。
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「平家物語」
【出演】語り・金子あい/波紋音・永田砂知子
【演目】祇園精舎 ・祇王 ・橋合戦・坂落 ・先帝身投
【日時】4月9日(月)19時 /10日(火)14時 、19時
【会場】座・高円寺2 (JR中央線高円寺駅北口より徒歩5分) 杉並区高円寺北2-1-2 tel.03-3223-7500 http://za-koenji.jp/guide/index.html#link2
【チケット料金】前売3,500円/当日4,000円/高校生以下1,000円(全席自由)
※当日券は開演1時間前より販売。高校生以下割引は平家物語実行委員会のみで取扱。※未就学児のご入場はご遠慮下さい。
【チケット予約・お問合せ】平家物語実行委員会 090-6707-1253 heike@parkcity.ne.jp
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